多田幸史インタビュー ~伝統×コンテンポラリーが織りなす幾何学ワールド~
by 森一馬すでに何度か述べて来たが、筆者はこの窯と土をスタートするまで、音楽やファッション等の世界を渡り歩いて来たのだが、そういった繋がりもあり当店は、元々陶芸好きな方だけではなく、アパレルストア時代のお客様や知り合い、音楽で関わりのあった方、アート関係の方など、幅広い業界で活躍される方々からも多く見ていただいている。そしてそういった例えば、音楽DJやミュージシャン、アートディレクター、イラストレーター、ファッション関係等の方々から最も人気を博している作家が、窯と土でオープンより取り扱いさせていただいている九谷の陶芸家、多田幸史先生だ。
多田先生の作品は、窯と土オープン前に色々な本を買ってきて作家のお勉強をしている際に、九谷焼の作家を網羅している本の中で見つけた。いわゆる伝統的な九谷の色や紋様とも、流行りの赤絵細描などとも全く違うアプローチに「これだ!」と思い、すぐにコンタクトを取らせていただいた。九谷の街出身の筆者が選んだ唯一の九谷作家である多田先生の作品は、伝統的な色使いを踏襲しながら、全くもって現代的で細かい幾何学的な紋様が作品を飾っている。先生の作品には「作風が現代的だからギターと一緒に飾れそう」とか「退廃的な雰囲気が現代アートやアニメの世界観を感じさせる」や「繰り返す模様にテクノの要素を感じる」等、上記に述べた様々な業界の人からそういった様々な感想をいただいている。そして今年2022年は、第50回伝統工芸陶芸部会展の大賞受賞に始まり、第62回石川の伝統工芸展では日本工芸会賞受賞、そして第69回伝統工芸展でも入選という、多田先生にとってまさに大フィーバーな1年。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの多田先生に、初めてのインタビューをさせていただいた。
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お父様がクラフトデザイナーということを伺っていますが、多田先生もその影響を受けられて陶芸を初めたのでしょうか?
そうですね、昔から焼き物を見て育っているので、そういった影響は受けているとは思いますが、将来を考えたときはその逆影響で、絶対に安定した職業に付きたいと思っていました笑
そうなんですか?サラリーマンへの憧れみたいな?
はい、ちゃんとお給料もらって、土日は家族でお出かけみたいな、そんな暮らしに憧れていました。
若尾経先生も全く同じことを仰ってました笑
それで普通に大学まで行かれたんですね。
はい、経済学科を卒業して、一度普通に就職して。陶芸は意識して避けていたのですが、美術とか音楽は好きだったので、ベースをやったり、広告デザインのサークルに入ったり。
美術はどういったものがお好きだったんですか?
ダークなものとコマーシャルなものが好きでした。同じ石川県だと鴨居玲というダークな作家が高校の時から好きでした。音楽もヘビーメタルとかブラックメタルとか。
やっぱりそっちなんだ!パンテラとかですか?
パンテラとかよくご存知で笑 そういのも含めて一通り好きです。スリップノットとか、メイヘムとか、有名どころからノルウェーの本当にイカれたものも聞きます。作陶中も、自分がちょっと集中力が足りないなぁって時に、逆癒やしの意味で。
爆笑!スリップノット聞きながらあの美しい幾何紋を!
実は多田先生の作品を見たアーティスト系の方から、美しい作品の裏に狂気を感じるとか、退廃的な世界観を持っているとかいう感想をいただいておりまして。僕も同じように感じる時があるんです。なんというのか、大都会にとり残された廃墟の美学のようなものを。
本当ですか?今は持っていただく方に喜んでいただきたいと思って作ってはいるんですけど、どっかにそういったものが出てるんでしょうね。
あとテクノを感じるという声もあります。同じ紋様が繰り返されていく感じとか。
再構築という意味では同じですよね。伝統に基づきながら新しいものを出してやろうという感覚は、自分の中のどこかにあると思います。
伝統に基づくと言えば、陶芸でいったらどういう作品に影響を受けていますか?
やっぱり古九谷ですね。陶芸の世界に脚を踏み込んだ頃、古九谷を見たときの衝撃はもの凄かった。当時の現代アートだと思いますよね。石畳文とか本当に、四角の繰り返しのパターンだけであれだけのものを作るんですから。古九谷は絶対の基本だと思っています。
やはりベースには古九谷があるのですね。確かに、石畳は幾何学的ですし、そういったものを現代的に解釈し先生の作品が生まれたと考えると、凄く腹落ちします。
そんな大きなことはまだまだ言えないですが、古九谷を見たことで、それを再構築という今の道につながっているとは思います。
私もそう感じます。そして大学を出られて後は就職されるんですよね?
はい、大学卒業後そのまま関西で外食チェーンの会社に2年ほど努めて、フードの仕事が楽しかったので実はその後地元で再就職をしようと戻って来たのですが、面接も受かって全て決まった時にふと、なにか作ることをしたいなと思ってしまい。
急にですか?
はい、ほんとにふっとそう思って、思った次の日に両親に、やっぱり九谷の研修所行くわと告げて。その日にもう見学に行きました。
何がそうさせたのでしょう?
何ていうのか、親の仕事を小さい頃から見ていて、入り口から出口まで全て作るということを見慣れている中で、企業に入って大きな仕事の一部をやるということに違和感を感じていた部分があって、そういうのがその時強く出たんだと思います。
それまでは陶芸の経験が無いということですよね?
はい、デッサンとかそういうことは大学の時にやったりはしましたが、本格的に習ったりはしたことないまま九谷の研修所に行って。
一晩でふっと運命が変わったんですね。
自分でも狂ってると思いますが笑
2年間九谷の研修所に通って、卒業してからは父の手伝いをしたりして。
ご自身のお名前で作品を出されたのはその数年後ですか?
はい、30歳ぐらいだったと思います。最初はオーセンティックな九谷を作っていました。
多田先生といえば幾何紋ですが、幾何文ではなく紋の字を使われています。
はい、器に服を着せるという考えでずっと絵付けを行っていますので、糸へんのある紋を使い続けています。
そうなんですね、その幾何紋成り立ちは?
原型になった洋紋という手は、実は研修所の頃に花のスケッチをして、それをトレーシングペーパーで面白い形を取るという講義があったのですが、その時にふっと出た形を散らして、それをラインで埋めていくということをやっていて、それがその後ずっと頭に残っていて、数年後にそれをやり直してというのがスタートで、その作風が2004年の北海道陶芸展で大賞をいただいてますね、今見返すと。それが最初だったと思います
凄い!18年前からそういった幾何紋を少しずつ進化させていって、今があるんですね。公募展はずっと出されてるんですか?
伝統工芸展は、研修所に前田正博先生が来られた時にふと「あんた伝統工芸合ってるよ」と言って去っていかれて。それで自分も伝統工芸展に出して、2度目で入選したので前田先生のところにご挨拶に行ったら、全然覚えてらっしゃらなかったですが笑
面白いですね笑
好きな作家や影響を受けた作家はいらっしゃいますか?
加守田章二先生の作品はやはり衝撃的でした。あと色絵だと富本憲吉先生とか、そして実際に指導していただいた前田正博先生、あと焼き物じゃなければパウルクレーとか。
おお、やはりクレーはお好きなんですね。
そうですね、クレーも絵の具だけじゃなくて銀で叩いたり、そういった素材感とかも感じられて好きです。
影響受けられた作家が九谷の方じゃなかったり、焼き物じゃない作家がいらっしゃるあたりも凄く腑に落ちます。
九谷はやはり古九谷が絶対で、そこに自分が吸収したいろんな要素を自分を通して再構築していくイメージでしょうか。
そういった色々な影響から生まれた先生の幾何紋の作品はものすごく斬新な紋様やパターンを使われてるんですが、ベースに九谷の伝統的な様式美を感じます。私も金沢の出身なのでそういった部分は理解しているつもりではあるのですが、ご自身もそういう様式を大切にする部分はあると思われますか?
はい、そう思います。私のおじいさんも釉薬の研究者ですし、父もクラフトをやっていて九谷の資料や本なんか家に溢れていましたし、知らず知らずと学んでいた部分はあったかもしれません。様式に関しましては、先程も話した、例えばメタルミュージックなんて完全にクラシック音楽の再構築ですし、自分が好きなアートや音楽はそういったものばかりなんですね。なので自分の中にあるやり方として、伝統的な技法をベースに時代に合わせて再構築していくという部分はどんなことに置いても根付いていると思います。
素地を残すほうの幾何学紋様なんかは一見自由に描かれているように見えますが、様式に沿っている部分はありますか?
確かに形がアシンメトリーなので自由に描いているようにみえるんですが、実はしっかり下絵を入れて、ろくろ線を引いて分割して、そこにリズムで描き込んでいく感じです。九谷にはいろんなルールがあるんですが、その技法の部分に自分はハマったといいますか、ルールを踏襲しながら作り上げていくのが性に合っていると感じます。
物凄く細かい作業だと思いますし、想像するだけで気が遠くなるのですが、やはり絵付けは大変なのでしょうか?
ずっと同じ紋様を描いているとどこかで目が回って来るんですよ。疲れるというか、ちょっとした音でビクッってなったり笑。それで素地を残さない塗りつぶしだけをやっていると本当に限界が来て、今度は白を見せたくなる。そして白を残していると逆に塗りつぶしたくなる。その繰り返しをずっと何年か周期で追求しているんですよね。
焼成の回数はかなり重ねる感じですか?
色ごとに焼きつけて行くので、4-5回は焼いています。
やはりそんな回数焼かれているんですね。計り知れない手が混んだ作品ですが、今年はたくさんの賞を受賞されています。ちょうど昨年当店がオープンして、今扱わせていただいている伝統工芸展に出されている素地を見せた幾何紋のパターンと、素地を残さないパターンの2種類をバランス良く作られている感じがします。それ以前の作品の集大成的なものを感じるのですが、そういったきっかけはありますか?
そうですね、昨年までずっと、パターンを一周回して塗り込んでいくやり方をしていたんですが、少し自分でも疲れていて、変化が必要だと思ってた矢先に何年かぶりに昨年伝統工芸展で落選して。それでいい機会だと思い、素地を残す手を詰めていこうと。それまでいろんなカラーを入れてやっていたものをグレイの色合いでまとめて素地を残す手を進めていったら、そのタイミングで窯と土さんから、逆に見込みも含め素地を全く残さない塗りつぶした作品を作って欲しいと言われて。それまでは総塗りのものも見込みは白だったり、高台に少し素地を見せたりということがあったのですが、それなら片方はしっかり白を見せて、もう一方は全く見せなくしようと。それで青やグレイをベースに素地を残すものと、金銀プラチナパラジウムをベースに素地を残さないもので2つに綺麗に分かれて。
本当ですか!?私がオーダーしたのもちょうどタイミングが良かったんですね!それは嬉しいです、そういった経緯で今の2つの手が完成したのですね!どちらの手も当店でも人気で、入荷するとすぐに無くなってしまうほど完成度が高いと感じます。一つの集大成みたいなものを感じるのですが。
この年齢の時点で一つの周期としてそういう部分はあるかもしれませんが、自分ではまだまだだと思っています。造形や技法などもっといろいろなことに挑戦して詰めていかなければとは思いますし、そういう欲は物凄くあります。
そして今九谷ブームといいますか、赤絵細描なんか若手の作家がどんどん現れていますが、多田先生の作品はそういったものとは全く違う美学を感じます。
自分でも異質だとは思うといいますか、30代のころ九谷の先生方に言われて導かえた部分もあって、いわゆる精巧に筆を走らせるような道を行く道からは完全に外れたと言いますか。
自分の道を行くということですね。
元々美術の教育を受けたわけでもなく、触れてきたアートや音楽も異質なものだったりするので、例えば線の描き方もいわゆる緻密な線ではなく、昔の漫画の線みたいな、そういう感覚でやっています。ただやっぱりそれも九谷であるから出来ると言いますか。
あくまでベースは九谷だと。
そうですね、やっぱり九谷は面白いんです。こんな鼠色になる悪い土は他に無いですし、だから絵を入れると映えるわけですし。この素材は絶対的に自分には大事です。
そして今日本当にインタビューさせていただいて感じるのが、多田先生から発せられる言葉に僕ビックリしてるんですが、先程も言いましたがミュージシャンとかイラストやってる方とかそういう方が先生の作品を買っていかれて、「これで日本酒飲みながら音楽作れば新しいものが生み出せる気がする」とか、「退廃的な昔のアニメの世界観がたまらない」とか色々感想をいただくんですね。音楽やアートとか、そういった先生のバックグラウンドが作品を通してお客さんに伝わっているのが本当に凄いと思いますし、ほんとに今驚いてます。そこまでシンクロするのかと。
そこまで伝わってると本当に嬉しいですね。やっぱり持ってくれる人が少し違った気分になるっていうのは大事だとずっと思ってやっています。
その流れで最後に、作品を持っていただいている方に一言お願いします。
はい、ずっとこれは大切に持っている言葉ですが、「越日常」という言葉を大事にしています。僕は買っていただいた方に作品を使っていただきたいし、その使うという意味は置いて眺めていただくことも使うということだと思っていますが、そうして使うことが普通の日常ではなく、日常のラインを少し越えていただけるような、そういうことを感じていただけたら嬉しいと思っています。そう感じていただけるよう作品作りを頑張って行きます。
ありがとうございました!
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金沢弁でおっとり喋る優しそうな多田先生。これまで何度かお会いする中、あまり先生のバックグラウンドや作品のコンセプトについて伺うことは無く、ただ作品から感じる現代アート的なアプローチやピリっとした緊張感、美しい紋様の背後に感じるダークな世界観はどこから来るものなのかと勝手に想像を巡らせていた。今回話を伺わせていただく中で、あまりにも筆者の想像やお客様からいただく感想と、先生のバックグラウンドが一致しすぎていて、「やっぱりそうなんですね!」を連発してしまった。古九谷をどのように解釈し、床の間の無い現代の生活にどのように落とし込むか。そういった部分を九谷の技法を通して試行錯誤し考え抜き、先生のバックグラウンドや様々なインプットを通して作品にアウトプットされる。その過程が生み出す独特の緊張感が作品から伝わってきて、それが我々使うものを【越日常】へと引き込む。今年様々な賞を受賞し、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの多田先生にから、今後も目が話せない。