穴ぼこフェチの不思議ちゃんが創り出すフロストワールド ~加藤真美インタビュー~
by 森一馬「コンクリートに小石がパラ、パラと埋めてある床ってありますよね。子供の頃のうちの玄関の床がそれで、その中の一つの石が取れちゃってそこだけ穴があいてたんです。取れたってことはどこかにあると思って探すんですけど当然ピッタリはまる石は見つからない。母が毎朝玄関を掃き掃除するんですが、私が学校に行くときにはその穴に涙みたいに水が溜まっている。そして夕方帰ってくると、乾いて水がなくなって口あけている。その穴がかわいくてとてつもなく好きだったってことを、スペインを旅している時突然記憶が遡って思い出したんです。それが私の「うつわ」の始まりだったんじゃないかなぁ。」
加藤真美さん。磁器土を用いて非常に美しい造形の茶碗やオブジェを創り出している、愛知県東海市の陶芸家だ。彼女の作品をひと目見て惚れ込み、コンタクトを取って早速2日後に伺ったのだが、その際筆者は偶然、今話題の「正欲」という小説を持参していた。多様性が叫ばれる世の中で、その「多様性という枠」にすら収まらないフェティシスト達の苦悩を描いた人気の作品だが、まさにその小説を読み進めながらの旅の途中で訪ねた陶芸家のもとで、小説内で出てくる人物に勝るとも劣らないフェティシズムを聞くことになるとは夢にも思わなかった。
そんな穴ぼこフェチの加藤真美さん、大学生の頃に体調を壊され、休学中にお父様が勝手に常滑陶芸研究所の研修生募集に応募、そこに行き始めて土に触れた。「常滑焼きを基本に学びました。研修を1年受けたあともう1年残り、その後2年半女流陶芸家の内弟子、その後2年アルバイトしてガス窯を買いました。常滑では色んな方にお世話になりましたが、その後の自分の転機において記憶に残るのは鯉江良二さんです。鯉江さんはハチャメチャな人でしたが優しく、いつも何となく気にして下さっていました。後に長三賞常滑陶芸展で私の作品を“鯉江良二選審査員賞”に選んで下さったんです。初めて磁器で作った器型のオブジェで、常滑にいた頃と作風が全く違っていたので、鯉江さんは私だと気づかなかったそうで、表彰式で『真美クンだったのか!?全然わからなかったぞ』って驚いた顔をなさってました。」
その時受賞した作風が、今回当店でも紹介している「フロスト釉」と名付けられた白い釉薬を用いた彼女の代表作。
常滑焼のイメージからは想像もつかない磁器の繊細で美しい作品。磁器を始めたきっかけを問うと「それまで色々と好きな食器を作っては来たものの、本当に自分の心情を込めて託すみたいなことはやってないなと思って。それと当時人間関係で色々大変なことがあってものすごい落ち込んでいて、そんなとき『あ、磁器だ』と思い磁器を選んだんですよね。」と、不思議120%の答えが返ってきたのだが、後々色々話していくうちに、彼女が李朝白磁に惹かれた話などを伺ってようやく腑に落ちてきた。なるほど、あのなんとも言えない李朝白磁の丸みやふくらみが、彼女の造形に大きな影響を与えていることは言うまでもない。
そして彼女の作品は「たたら」(板造り)で造られた繊細で美しい色合いだが、爛れや千切れなどの荒々しさを残している。「私廃墟フェチでもあるんですよ 笑。朽ち果てて行くものの中に無作為とか普遍性を感じる、と言いますか。作家が創り出すものって実は作為の塊じゃないですか。その作為のにおいをいかに消すかと言うか、なるべくそういったものを滅却して、自分にとっての普遍を具現化したい。同時に綺麗にしすぎてしまうとそれが現れてこなくなるとも思います。」
新たなフェティシズムが登場したが、朽ちていくものの美しさとはどこかで聞いたことのある話だと思いきや、当店でも人気の岩手の作家、泉田之也さんが当店のインタビュー上で近いことを仰っていたので、それを伝えると「泉田さん、実は私のワークショップでアースポットをやられたことがあるんですよ。」と。
アースポットを作る泉田之也先生
アースポット - Earth Pot - 。穴ぼこフェチの彼女が生み出した、もう一つの彼女の代表作。
大地に穴を掘り、それを型に陶土を打ち込んで作る、彼女の名前を世界に知らしめた作品。
「アースポットをやろうと思ったのは、たまたま犬が穴を掘っていたのがきっかけで。舟形のなんとも言えない綺麗な穴が掘られていて、これってお水も溜まるし器だよねと思って。そこに陶土を持ってきて打ち込んでみたら、スポっ!て綺麗に抜けた。綺麗な形の器ができちゃって、出来るじゃない!って 笑」
フランス、スペイン、イタリア、韓国、インドなど様々な国を旅し、その土地それぞれのアースポットを作り掘り出し続けてきた。中でもスペインの西端Zamoraという地で行われたワークショップは格別だったようだ。
「主催者に、お前の絶対好きな場所があるから!と連れて行かれたのが一面岩山の荒野で、その岩の上に無数の穴があるんです。その穴はカゾレタスと言って、ローマ帝国時代に金を採取するため奴隷を連れてきて、石で何度も岩石を磨がせて、磨り減ってできた穴なんですが、そのカゾレタスを使ってアースポットを作ったんです。2000年前からずーっとそこにある穴を使って器を作れるなんて、想像もつかなかったし、そこから広がる世界たるや。。。(白昼夢に浸る)」
穴の形状次第で何が生まれてくるかわからない、陶土を用いたアースポットと、たたらによりある程度狙い通りに作ることの出来る磁器を用いたフロスト釉作品群。全く性質の異なった2つの作品を造り続けるその想いとは。
「基本的には“うつわ“ってことで、私にとっては一緒なんです。磁器土は乾いてからも削れるので、陶土より実は長くいじっていられます。そういう意味ではとことん付き合ってくれる。でもその息の長さに疲れてくると即興性の高い陶土に戻りたくなる、土をしばらくやるとやっぱり磁土、って、行ったり来たりしますがそれがどちらの制作にとってもよくて、、、。絞れないんですよ。絞れる人って凄いなって思います。」
磁土にせよ陶土にせよ、穴ぼこフェチの彼女の拘りは常に「うつわ」と分類される形状を通して表現される。
「お茶碗なんかも、この丸みを帯びて空間を包む内側になんとも言えないものを感じるんですよね。癒されて安心するっていうか、内包性。覗き込んだ時なだれ落ちていく深さ、豊かな中の広がりが良いなと思うので、見込みの形状は無意識で追求しているんだと思います。とにかく日々見ている白昼夢をどう表すか、私の場合穴 -内的空間- に感じるなんとも言えない気持ちをどうかたちにできるかって部分になってくる。いかに私がこれと思える内側を作り出せるか。器を作るっていうよりも、穴ぼこが好きだから器になっちゃうのかもしれません。」
そんなに穴が好きだったら入りたくならないのだろうか。
「入りたいっていうか、私はすでに小さくなって器の中にいますね。縁に立って奥底を見降ろしていたり、底から上の空を見上げていたり。お碗の中をぐるぐると旅してる。買っていただいた方にも、そのように楽しんで貰えたら本当に嬉しいです。」
最後に、前述した通り彼女が「月明かり」で受賞した長三賞常滑陶芸展での故・鯉江良二先生のコメントを紹介しておく。
「あまり目立たない作品ですね。でもよくよく見るとメロディが聞こえて来ました。現代陶芸の呼吸困難は原点である素材、原料からトライしたら「月明かり」はより満月へと、そして再度、闇へと行き来しながら宇宙遊泳の旅は止まらない!!」
。。。
なるほど、全てが腑に落ちた気がした。