【小町艶技】金森朱音の現在地
by 森一馬昨年の春より取り扱いをさせていただいている金森朱音さん。
出会いの経緯については当時のブログに記したが、昨年8月には Independent Tokyo にて審査員特別賞(吉田広二賞)とタグボート特別賞を受賞し、書家としてのみならず、アーティストとしての躍進も目覚ましい。
「現代アートの展示に少しずつ作品を出展するようになってから、アクリルを使った作品が広がりました。それで私を知っていただき、『書もやっているんですね』と言ってもらえる機会が増えて。アート作品を納めさせていただいた方から、『実は書にも興味があって』とか『掛け軸が欲しくて探していたんです』と言っていただけるのは、本当に励みになります。」
お客様宅より、金森朱音さんのアート作品と若尾利貞先生の大皿
この話を聞いたとき、窯と土でもよくある出来事が思い浮かんだ。お皿や花入、酒器といった作品から入られ、そこから茶盌という世界を知る方が少なくない。入口は自由であっても、やがて伝統や様式の奥行きへと導かれていく形がいらっしゃるという部分に強く共感した。
「書は私の中では、常に伝統を意識したものです。形があって、守るべきことがたくさんあります。書をやり続ける中で、『ここは崩せない』という部分が多くある一方で、
アート作品であれば、もっと自由に表現できます。表現するという意味では同じですが、自分の中でそういう風に棲み分けています」
この言葉を聞きながら頭に浮かんだのは、まさに茶盌の世界だった。茶盌もまた、自由な造形を許しながら、茶道具としての型や美意識という枠組みが確かに存在し、そこは崩せない。一方でオブジェや酒器には、より自由な発想が許される。書と茶盌、その構造の共通性に強く惹きつけられた。
そこで、偶然性についても伺ってみた。
「それは書のほうで特に意識しています。特に淡墨を使った作品は、墨のにじみ具合が仕上がりに大きく影響しますし、湿度や天気にも左右されるので、天気予報を見て『この日に書こう』と決めることもあります。思い通りに書けることが前提ではありますが、にじみやかすれまでは完全にコントロールできないので、そこは墨と紙に任せる部分があります。逆にアクリル作品では、そういった変化はあまり起こらないので、比較的思い通りに仕上げることができます。そういった意味でも、書は難しいですし、だからこそ億が深く楽しいです。」
この言葉を聞きながら、私が感じる書と茶盌の共通点を彼女自身の言葉によって裏付けてもらったように感じた。伝統という強い枠組みの中で、偶然性と向き合いながら表現を積み重ねていく行為。そこには、茶盌づくりにも通じる緊張と面白さが確かにある。
伝統を大切に続ける書と、革新的で自由なアート。その両極を自然に行き来しながら、それぞれを突き詰めていくこと。そこにいま、金森朱音の現在地がある。
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