光藤佐さんを偲んで
by 森一馬去る4月25日、当店でもオープン時より作品を取り扱わせていただいておりました陶芸家・光藤佐さんが永眠されました。
先週末、光藤さんの大学時代の後輩の方より訃報をお聞きした時は、あまりに突然のことで、しばらく信じることができませんでした。
光藤さんと最後にお会いしたのは、2024年の暮れでした。ご自宅の裏手の敷地に石のオブジェや東屋を配し、美しい空間を作られていて、そこでお茶をいただきながら、
「光藤パークが完成したら、お客さんを連れて遊びに来たいです」
そんなお話をしていたことを、今も鮮明に覚えています。その後もDMなどでやり取りをさせていただきながら、そろそろパークも完成した頃だろうかと、次に伺う日を楽しみにしておりました。


これは、以前光藤さんにインタビューをさせていただいた際、私の心に最も残った言葉であり、記事の題名にも使わせていただいた言葉でした。
後日その記事を読んだ光藤さんが、
「僕、そんな関西弁で喋ってます? なんか他の先生方と比べて僕だけ関西弁で、これ森さん作っとるなーって思って読みましたよ」
と、関西弁で笑いながらコーヒーを淹れてくださった姿が、今でも思い出されます。まさか、その言葉がこのようなかたちで、こんなにも早く現実のものとなってしまうとは思いもせず、悲しみは尽きません。
光藤さんは、お茶や書をはじめ、さまざまなことを熱心に学ばれていた方でもありました。陶芸という枠にとどまらない日々の学びや経験が作品にしっかりと刻まれており、今後さらなる進化がみられるのを本当に楽しみにしておりました。その矢先の訃報に、悔しさと寂しさで胸がいっぱいです。
初めてお会いしてからの4年間は、決して長い時間ではありませんでした。けれど、光藤さんのような素晴らしい作家と出会い、その作品を紹介させていただけたことを、心よりありがたく思っております。
長年、穴窯での作陶を続けられ、お身体にも大きな負担があったことと思います。
どうかしばらくはゆっくりとお休みください。
そしていつか、光藤さんが敬愛されていた名だたる陶芸家の方々と、天上で語らいながら、また作陶を楽しまれていることを願っております。
光藤さん、本当にありがとうございました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

ご家族ならびにご関係者の皆さまに、心よりお悔やみ申し上げます。