探求する表現の書 金森朱音インタビュー
by 森一馬書家である金森朱音さんと出会ったのは2018年。アパレルのセレクトショップを運営していたころ、原宿のファッションビル、ラフォーレ原宿で名古屋のお店と合同ポップアップストアを開催し、そこに遊びに来たのが金森さん。その時作品をインスタグラムで見せていただき、是非何かコラボレーションしたいと意気投合。2019年には筆者が運営していた原宿のショップにて、海外ブランドとコラボしたライブペインティングをやっていただいた。メッセージ性があり芯のある金森さんの書は、独特な雰囲気のある海外ブランドの洋服と馴染み、強く印象に残った。
それから金森さんは、書とアートを融合させた独自の作品を次々と発表していった。
一方で私は窯と土をオープンし、陶芸、茶道の世界に。
あれからおよそ5年――。
今年の初め、ふとインスタグラムを開いた瞬間、金森さんの掛け軸が目に飛び込んできた。その瞬間、ずっと思い描いていた空間のイメージがひとつに結びつき、目の前がパッと開けたような気がした。
小学生の頃に近所の書道教室に通い、徐々に書の魅力の虜になっていった金森さん。高校生の頃にはすでに書で生きていきたいと心に決め、東京学芸大学の教育学部に入学し、書道を専攻する。「伝統的な書を学ぶ中で、例えばお手本を元に書いたものが果たして自分の作品なのかと疑問を感じるようになり。そんな時に書家の井上有一さんの作品を教科書で見て、衝撃を受けたんです。井上さんは東京大空襲や戦争などの実体験を元に作品を書かれているのですが、それまで綺麗な言葉だったり、おめでたい言葉を書くのが書道だと思っていた高校生の自分には本当に衝撃的で。表現の書というものがあるんだとそこで知り、私もそういった実体験を表現していきたいと感じるきっかけになりました。」
一般的に「書道」といえば、さまざまな言葉や詩句、漢詩などを揮毫する印象があるが、特定の一文字、―たとえば「生」や「女」など―に明確なテーマを据え、その一文字を多様な表現で繰り返し描き続けるというスタイルは、筆者にとって非常に新鮮で印象深いものだった。「書道作家の伝統的な展示は、様々な言葉を書いたり、色々な技術を披露したり、統一感というよりむしろ多才さで書家の実力を魅せるというものだったのです。ただアートの展示に出展するようになった時、それよりも作家としての一貫性や、自分が持ってるステートメント、コンセプトをいかに伝えるかが大事だということに気づきました。それからは色々な言葉を書くのではなく、自分の中でテーマを決めて、それに対してしっかりと考え突き詰めていくようなスタイルで制作しています。」
そして今回の掛け軸に描かれた言葉「アイ」については「人間関係を表現したいと思い書き始めました。アイって一言で言っても色々なアイがあって、必ずしも愛おしくて優しいものではない。例えば自分の娘に対して、友人に対して、または執着してしまう人に対してと、対象が変わるごとにアイの形や表現は変わるなと考えていて。はみ出してしまうアイ、ぶつかってしまうアイ、絡まってしまうアイなど、そういった人間関係を文字で表現したいなと考え、今の形にたどり着きました。」
前述したよう、筆者はパッと見た瞬間目の前に空間が出来上がったのだが、そこには金森さんの掛け軸への愛着や、かつて伝統的な掛け軸を作りながら、この今の作品の形に至った思いがこもっていると感じる。「私は伝統的な掛け軸ももちろん好きで、ずっと掛け軸を作り続けて来たのですが、やはりどうしても『床の間が無くて』とか『どう飾ればいいのか』といった声が多く、フレーム作品に比べ敷居が高いなと感じていました。それで現代の空間に合うよう色を変えたり、サイズも現代の空間に合うようコンパクトにしたりと色々と思考を巡らせ、徐々に今の形に仕上がって来ました。軸装には白を使っているのですが、正絹の白って本当に美しく、上品で気品があって惚れ惚れするほど好きなんです。軸先や全体のサイズも全て私が考え、表装屋さんにオーダーし作っていただいています。掛け軸が好きだからこそ、現代の居住空間などに合わせ形を整え、残していけたらと思っています。」
3メートル超えの大作「起」
伝統や文化には、決して変えてはならない核の部分がある一方で、時代の流れに合わせて柔軟に変化していくべき側面もあると筆者は常に考えている。茶道具とは、見る人、使う人の立場や価値観によって様々な視点があり、それにより評価が大きく左右される存在だが、ひとつ確信を持って言えるのは、私たち現代を生きるものにとって、やはり茶の空間や茶道具は、現代のコミュニケーションツールであるべきだということ。そのためには、今を生きる私たち自身が「心地よい」「コンフォータブル」と感じる道具選び、空間作りが大切であり、そういったことが出来て初めて我々は「おもてなし」のスタートラインに立てる。美的感覚や生活スタイルが大きく変化した現代においては、その時代に見合った在り方を模索することが必要である。もちろん、変わらない良さや本質を大切にすることは、文化を継承するうえで、また体験として欠かせない。しかし同時に、今という時代に生きる感性でそれらを見つめ直し、新たな形として再構築していくことこそが、残すべき文化を未来へと繋げる力になると信じている。そして、かつてまったく異なる世界で共に創作をしたアーティストと、時を経て今、陶芸と書という別々の表現領域を通じて、茶道具というひとつの世界で再びつながり、同じ想いのもとに交わり合えること。その巡り合わせに、言葉に尽くせぬほどの深い興奮と喜びを感じている。