【小町艶技】三藤るいの現在地
by 森一馬昨年の「漢盌」に続き、本年は、かねてより開催したいと考えていた女性作家の饗宴「小町艶技」を、いよいよ開催することとなった。窯と土を常に豊かに彩ってくれている5名の作家による最新作を、一堂に展示する。
こういった機会なので、本展では単なる新作発表にとどまらず、出展いただく作家たちが今あらゆる意味でどこに立っているのか——その現在地を、窯と土5年目の記録として残しておきたいと思う。作風の変化、技法の深化、あるいは美意識。艶やかさの奥にある、それぞれが積み重ねてきた時間や選択が、どのように作品として結実しているのかを紐解く場になれば幸いである。

それではまずは今回4作品を提供してくれた唐津の陶芸家、三藤るいさん。
昨年は日本橋三越での展示に加え、オランダでの発表も果たし、国内外でその歩みを着実に広げている。素材への強いこだわりから土探しを起点とする制作姿勢と、奥行きのある作風に私が惚れ込んでから、気づけば3年近くが経った。
作品を見るごとに感じるのは、唐津焼という確立した枠組みの中にありながら、そこに留まらない強い作家性と意思だ。伝統的な技法を踏まえながらも、その佇まいはクールかつ現代的で、今を生きる感覚と強く結びついている。その理由はどこにあるのか——。
「近年、おかげさまで国内外のさまざまな土地を訪れる機会に恵まれました。その土地ごとに異なる空気感や街の雰囲気、そこに流れる時間の感覚を肌で感じることができるのは、私にとってとても大きな刺激で、そうした体験一つひとつが、次の作品へ向かうための確かなモチベーションになっています。ずっと同じ場所で作り続けることで見えてくるものもあると思いますが、時にそれがアイデアの枯渇につながることもある。でも、見たことない場所に行き、その先で初めて感じる空気や景色を見て、またその土地の人々と触れ合うことで、次に何を作りたいのかが自然と湧いてくるんです。」
美術館で古作を観る、図録を読み返すといった直接的な参照だけではなく、新たな街を見て、歩き、そこにに身を置くという、一見作陶とは無関係に思える体験が、制作の原動力になるという感覚は新鮮だ。
「オランダから戻ったあと、国内で出張があったのですが、いつもの私なら美術館に行こうとか、常に吸収しようと思うはずなのに、ただ街を歩いたり普通に過ごしていて。その時に『あ、今私のインプットは満タンなんだ』と気づきました。これ以上吸収できない、今はとにかくアウトプットの時期だ、と。」
そうした経験を経て、三藤さんはあらためて感じたという。
「自分の中に入ってきたものを、どう形にして外へ出すか。それが自分のやっていることなんだと思いました。そう思って改めて、やっぱり私が作っているのは“写し”ではないな、と。現代の自分の経験の中でインプットしたものをいかに素直に出していくか。そういった考えは今後も変わらないと思います。」
今回、あらためてすべての作家に問いかけたのが「偶然性」をどう捉えているか、ということだった。
「薪窯を焚いてる以上もちろん偶然性は受け入れますが、私はそこを無意識で頼るというのではなく、各々の作品に対しこうなってほしいという意識的な部分は強いと思っています。例えばここが正面だからこういう釉掛けをして、窯の中でここに置いてと言った具合に、完成予想をシュミレーションし作り込んだ上で、あとは任せるという感じでしょうか。例えば今回の黒唐津の花入なんかにしても、胴を蹴轆轤で作って首が輪積みだから歪むんです。ろくろで上まであげてしまうと真っ直ぐになる。その歪み方が私の望み通りになるかどうかは偶然性の領域ですが、歪んで欲しいという部分は意図的であって、そういった部分は強いと思います。」
あまり作風や作品について自ら多くは語らず、しかし尋ねると常にはっきりと的確に答えを持っている三藤さん。新たな挑戦により様々なことを吸収し、それが作品となってアウトプットされ、生み出された作品が更に新たな挑戦を生むという良いスパイラルを描きながら、作品は進化し、より艶を増す。作陶においては意図と偶然のあいだに、常に自分の意思を介在させる姿勢。それこそが、三藤るいという作家の主体性であり、唐津焼という伝統の中で、いま確かに更新され続けている「現在地」だ。
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