-Roots3人展- 現代の陶工・金宗勲
by 森一馬本歌の大井戸茶盌に触れる機会があった。本歌といっても、いわゆる名だたる大名物碗ではなないのだが、とある有名教授が数年前まで保持していた、伝来のしっかりとした間違いのない本歌だ。前所有者が毎日使っていたというその茶盌の見込みには茶渋がしっかりと付き、茶筅ずりの辺りにはっきりと現れた不揃いな貫入に思わず吸い込まれそうなほど長く見入ってしまったが、同時に、掌に沈むその感触や掌心地は明らかに筆者の脳にこびりついて取れない、日々触れている感触-金宗勲さんの大井戸茶盌のそれと全く違わないものだったことに、何よりの驚きを覚えた。
大井戸茶盌 径15.9cm/高さ9.6cm
「現代の陶工」という言葉に金さん御本人がどう感じられるかはさておき、金さんの作り出す作品は、本歌を愛でた筆者が確信持って言わせてもらうなら、明らかに写しの粋を超えている。金さんの作品を多くお持ちの陶磁器愛好家、古田雄一郎さんは、「これまで様々な写し作品に触れてきたが、いわゆる井戸茶盌というのは、美術館でガラス越しに眺めるものであって、自分が手にすることは無いと思い込んでいた。しかし金さんを手にした時、その美術館に並んでいるそのものを手にできるんだということを知った。」と金さんの作品を評する。愛好家やコレクターのみならず、同職の陶芸家達からも高い評価を得ている。今回-Roots-3人展に共に出展する吉見螢石さんは、金さんの作品に触れ「もう本当に完璧、やはりこうなんだと思いました。」と語る。「喜左衛門や有楽を見た時に感じたことと同じ。全く意気込んでないし、作為が無くわざとらしさがない。肩の力が抜けて自然体で美しい。私は長く書道を続けて来ましたが、書道も同じでパフォーマンス茶道のような作為のある書道はやはり飽きが来るんです。古典の臨書から初めて身についた自然体の書がやはり飽きが来ない。何百年と語られる悠久の美しさとは、そういうものだと思います。」
作為について金さんに尋ねてみた。「本当にそこは難しいです。作為を入れないでおこうと考えてしまうとその時点で作為が入ってしまっているということですから。その日の体調やコンディションに寄っても変わるし、すっと出来る時もあればそうでない時もある。私も若い時は非常に作為的な方向にいってしまったりもしましたが、結局は古の陶工の気持ちに還り、不自然さの無い茶盌が美しい。そういう意味では井戸茶盌作りは茶道のお点前に近いものだと思う。無意識で身体が動くようになるには、経験と時間が必要です。」まるで禅の修行のようだと思ってしまうが、1万碗を優に超える数の井戸茶盌を作ってきた金さんの言葉だからこそ、特別な重みがある。今回の展示のためにも1000碗近い茶盌を制作した。何碗も作陶する中で無意識に出来たいくつかの良作が作品としてギャラリーに並ぶ。吉見さんは言う。「この一碗がと意識してしまうとろくろも力が入り絶対に上手くいかない。力が抜けて何も考えていな時ほど良いものが出来たりする。結局はやはり経験を積んで、身体が覚えていったり、真実を理解してこそ出来るものだと思う。」
大井戸茶盌 径14.9cm/高さ9cm
金さんが井戸茶盌作りを茶道に例えたことは非常に興味深い。茶道をモチーフにした映画「日日是好日」の冒頭最初の黒木華さんの台詞【世の中には「すぐわかるもの」と、「すぐにはわからないもの」の二種類があり、すぐにわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ気づいて、わかってくる】はまさに金さんの作陶姿勢を表すように思えるし、同時にそれは我々見る・使う側にも言えること。見ようによっては、土の色そのまままのなんてこと無い形の茶盌。だからこそ見るものの美的感覚や経験値も問われる。井戸茶盌を筆者はよく「黄金の茶盌」と表現するが、金さんのジュワッと汗ばんだような艶めかしい釉薬の奥から放たれる黄金の輝きを独り占めしながら、戦国の武将達はこの黄金の輝きにどれだけ憧れ、そしてどれほど愛でて来たんだろうなと想念し、妄想した後、あぁ、これは現代の作品なんだと思い返し、思わずニヤけてしまう。その度に、やはり金さんは現代の陶工であり、作り出す作品は井戸茶盌そのものだとしみじみと思う。金さんを最初に紹介した際に筆者は「本歌井戸襲来」と表現したが、その表現に全くの誇張は無い。
白磁や中国茶器等井戸以外にも色々な作品を発表している金さんだが、陶芸家となり最初の個展は井戸茶盌の展示だった。そしてその際のインタビューで、「私の人生最後の展示会も井戸茶盌だけで行いたい」と言っている。まさに井戸茶盌に人生を捧げた陶芸家。そして今回の3人展に関しては「選ばれてあることの恍惚と不安と、二つ我にあり(詩人ヴェルレーヌの言葉より異訳)」と謙虚な姿勢を示しながら、「このような舞台を用意してくださって非常に光栄です。本当に楽しみです。皆さんにお会いできるのを楽しみにしております。」と笑顔で締めくくった。
金宗勲さんの在廊予定はあらためて発表いたします。