アーグネスフスインタビュー ~空間に落書きをする発想が生んだ唯一無二のオリジナリティ~
by 森一馬長野は戸倉上山田温泉。川沿いに広がる鄙びた温泉街に立ち並ぶ旅館やホテルに、高度経済成長期~バブル期のいわゆる「Japan as No.1」な時代に心だけタイムスリップしながら温泉街を通り過ぎること約3分。「温泉街の一角」と言っても過言ではないぐらいほど近い場所に彼女の工房はあった。
版画家であり、彼女の旦那さんでもある若林文夫さんと共同のスタジオで制作する陶芸家アーグネス・フス(Agnes Husz)さん。窯と土オープン前から筆者は彼女の作品に興味を持ち、連絡は取り合っていたのだが、作品がなかなか揃わず待ち続けること半年強。ようやく彼女の工房を訪れることが出来た。お二人の作品が並ぶ素敵な工房で、話を聞いてきた。
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「私はハンガリー南部のモハーチという、クロアチアやセルビアとの国境からほど近いハンガー南部で生まれました。当時のハンガリーは社会主義国。モハーチは歴史的な街で、陶芸においてはBlack Pottery(黒陶)が有名なんです。私の父親は農業技師で様々な農家を周ったりしていたのですが、そこで色々な人からもらったり買ったりした工芸品をコレクションしていました。」
そういったバックグラウンドからか陶芸に興味を持ち高校から陶芸学校に進学する
「ペーチという少し大きな街の陶芸高校でした。ハンガリーは彫刻が有名な国でもあるので、本当は彫刻をやりたかったけど、彫刻のクラスがなかったから陶芸のクラスに入りました。卒業後、陶芸の大学に行きたいと考えたのですが、その当時ハンガリーには工芸大学、美術大学が一つずつしかなかったから、年に6-7人しか受からない。入学するには相当な勉強、トレーニングが必要で、これは田舎にいては難しい、都会で最新のことを学んでみたいと思って、首都のブダペストに行きました。家族にも知らせると心配するので、知り合いを辿ってなんとか住める場所を探して、行く前日に覚悟を決めて家族に言いました。ブダペストは大きな街で田舎に無い全てのものがあり、私の世界は大きく広がりました。現代陶芸が盛んな工芸大学(Moholy- Nagy University of Art and Design)に無事入学し、大学院までそこで学びました。」
こうして一段ずつ階段を登る彼女。日本へ来るきっかけはなんだったのだろうか。
「Fumio (旦那さん)との出会いです。在学中のブダペストでのシンポジウムでFumioに出会って、どうしても日本に来てって凄いラブコールをもらって(笑)92年に数ヶ月日本に遊びに行ったんですね。その時すでにFumioが私のために色んな工房や窯元に連れて行ってくれて、日本で作品を作ったりもして。でもその時、実は在学中に私の卒業制作を見たヨーロッパで有名な陶芸家の先生が、オランダでのアーティスト・イン・レジデンス(EKWC European Ceramic Workcentre)に私を推薦してくれていたんです。それはとても名誉あることなので、一度ハンガリーに戻ってオランダに行こうと考えたんですが、日本から更に熱い熱いラブコールがあって(照)それでなんと、日本に戻ってFumioと結婚することになったんです。それで結婚して、それから3ヶ月オランダに行って。本当に92,93年は地球の表裏を行ったり来たり。人生でこんなことがあるのかっていうぐらい、激動の毎日でした。」
その当時すでに現在の唯一無二の作風は生み出されていたのか。
「この帯のような作風は、オランダで生まれました。学生のころ、余った土を叩いて伸ばして渦巻きやカタツムリみたいなものをいくつか、遊びで作ったのを記憶していたのですが、オランダのアーティスト・イン・レジデンスで制作をした時に、ふとそのことを思い出して。そこからは身体が勝手に動いて、自然とあの作風が出来てしまったんです。日本とヨーロッパを行き来して、色々な経験を一気にして、ふと自分の造るべきものを考えた時に、自然とそれが私の中から出てきた。何かにインスパイアされて出てきたというより、敢えて言うならば紙に書く落書きを空間にしてみたいといったような、Space drawingがしたいと、そのような感じです。」
帯のように美しく彩られた土が形を変え、茶碗からオブジェまで様々な造形へと変貌する。制作方法も独特だ。
「タタラ状にした土に刷毛で描くように色を付けて行くんです。先に絵付けをして、その板状の土を重力を使って振って落としていきます。そうして土に色んな力が加わることで、土の中の構造が変わって、弾力が出て丈夫になり、自然に伸びていきます。時間が経って表面が乾き始めると、中の湿った部分の構造変化に付いていけなくなり、表面にひび割れが自然と出来て、綺麗な凹凸が出て風合いに深みが出てくるんです。そう、タタラ板にする時使っているのは実は、Fumioが昔使っていた版画のプレス機なんです。ここに来てからずっと使っている、私にとって最高の道具です。窯は基本、灯油窯を使っています」
Fumioさんのお下がり、最高の道具というプレス機
アーグネスさんの作品は、特に茶碗においては作風状どうしても目が行ってしまう外側だけでなく、見込みや高台の造形の美しさも目を見張るものがある。それを裏付けるかのように彼女の作品は毎年数々の公募展に入賞し、特に陶芸家の間でも難しいと言われる現代茶陶展で毎年入賞、入選を続けている。見込みの深さや広さ等、侘び寂びの意識はどこから学んだものなのか。
「最初はお茶の先生やお茶道具屋さんに色々なことを教えてもらい、そうしている間に少しずつ自然と見込みの形状もわかるようになっていったんだと思います。ハンガリーにいる間から日本の陶芸には興味があり、特に世界的に活躍していた鯉江良二先生は好きで、実際に日本で工房を訪ねたこともあります。私が信楽の森でゲストアーティストとして制作していた時に、先生が訪ねてきてくださったこともあります。十五代樂吉左衞門先生の作品も好きです。アート的なフィーリングが凄く私の感性に響きます。そういった方々からの影響も私の茶碗に自然と表れていると思います。」
そして彼女が今、アートプロジェクトとして取り組んでいるのが「止め石プロジェクト」と言う、日本庭園の止め石をモチーフとしたアートプロジェクトだ。
「私はIAC(国際陶芸アカデミー)のメンバーなのですが、IACでは2年置きにテーマを決めたエキシビションを開催していて。2020年にフィンランドの北極付近で行ったのですが、テーマが「On the Edge」(極、ボーダーライン)だったのですね。そのテーマについて考えた時、私は止め石を思いついたんです。庭園に置かれた止め石は、その空間を出てしまえば、それを知らない人々にとっては意味を成さない。しかし大きなアートワークとしても止め石であれば、なんだろう?と人々は注目すると思います。今世界は様々な困難に直面しています。政治の暴走や気候変動、戦争、持続可能性、様々なことについて、私たちは立ち止まって考えることが必要です。そしてその止め石をARで様々な場所に表示させることを私は考えました。窯と土さんでやっているNFTなども興味深いと思っています。この時代ですので、そういったデジタルな手法も含め、活動を広げていけたらと思っています。」
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茶陶からオブジェまで、あらゆる作品を一貫した作風で作り続ける陶芸家、アーグネスフスさん。世界を股にかけ活躍するアーティスト特有の先進性や溢れるエナジーと、和の侘び寂び精神を併せ持った彼女の思考はとても深く、作品や作風だけでなく、思想や信念等、話せば話すほど彼女から学ぶことはとても多い。世界がこのようなまさに立ち止まるべき状況に来た今だからこそ、アートの重要性が更に問われるべきであると筆者は考える。彼女の作品から様々なことを感じ取って、そして少しでも立ち止まって考えることで、持続可能な生活デザインを一緒に考えて行きたい、そう思った。
アーグネスフス・経歴
1961 モハーチ/ハンガリー生
1990 モホリ = ナジ国立美術工芸大学陶芸科修士課程修了/ブダペスト
1993 長野県に窯を築く
2013 ~ IAC /国際陶芸アカデミー会員/ジュネーブ、スイス
1993 ヨーロッパ陶芸ワークセンター(EKWC)滞在制作/オランダ
1994 第 2 回日清食品現代陶芸めん鉢大賞/審査員奨励賞(東京ドーム)
1998 第 5 回国際陶芸フェスティバル美濃 /多治見市
2000 第 5 回カイロ国際陶芸ビエンナーレ/ビエンナーレ賞、エジプト
2004 新感覚やきものシリーズ/世界のタイル博物館 INAX 主催個展 (常滑)
2005 陶芸家たちの視点・日本 EU 市民交流年・出品参加/パリ,フランス
2006 第 20 回ハンガリー陶芸ビエンナーレ第3席賞・第 16 回共
2006 NHK 教育テレビ“器夢工房”に出演する/ 6 月 11 日
2007 めし碗グランプリ/大賞受賞(長崎県、波佐見町)
2008 アーグネス フス展/清里北澤美術館
2009 第 20 回日本陶芸展 賞候補/東京大丸ミュージアム他
2010 滋賀県立/陶芸の森/招待作家として滞在制作,Artist in residence
2011 神戸ビエンナーレ現代陶芸コンペティション 奨励賞
2012 XXII.ヴァロリス現代陶芸ビエンナーレ /ヴァロリス、フランス
2012/2005/2000/1995 第 5 回現代茶陶展 セラトピア土岐/岐阜県土岐市
2012 ”らせんがつくる無限の形”アーグネス・フス展/信楽陶芸の森企画
2014 第 7 回現代茶陶展・”TOKI”織部優秀賞 セラトピア土岐/岐阜県土岐市
2014 ヨロッパのセラミク 2014 ウェスタンワード・プラーイズ/ ドイツ
2015 エジプト国際陶芸シンポジウム,ダハブ、カイロ/オペラハウス、エジプト
2015/2019 第 2 回/第 4 回クルイ国際陶芸ビエナーレ,名誉賞/ Cluj-Napoca、ルーマニア
2015 ハンガリー応用美術文化勲賞フェレンジ・ノエミ賞 Ferenczy N. Prize
2016 第9回現代茶陶展・”TOKI”織部奨励賞セラトピア土岐/岐阜県土岐市
2016 ACC 国際陶芸シンポジウム /ポシオ、フィンランド
2017 第 10 回現代茶陶展・”TOKI”織部奨励賞セラトピア土岐/岐阜県土岐市
2017 第5回国際 Silicate Art トリエンナーレ褒状/ケチケメート、ハンガリー
2018 アート フェア 東京 スペシャル エディション/招待作家/東京 国際フォーラム
2018 宇宙に訊ねよう/ゲスト アーティスト/多摩美術大学美術館企画、東京
2018 新しい東方へ/IAC 国際陶芸アカデミー会員展・大賞/インゲ、台北、台湾
2019 ICSHU 国際陶芸シンポジウム /ケチケメート国際陶芸スタディオ、ハンガリー
2019 NTUE 国立台北教育大学, Cloud Forest Collective 国際陶芸スタディオ、招待作家個展、台湾
2020 World Art Tokyo/Satellites/招待作家/文化庁一般社団法人アート東京、池袋ハレザ、東京
2021 ハンガリー陶芸展受賞、ジョルナイ特別賞/ペーチ、ハンガリー
2021 止め石―アーグネス・フス作陶展、K.A.S.ギャラリー/ブダペスト、ハンガリー
2022 第 14 回現代茶陶展・”TOKI”織部奨励賞セラトピア土岐/岐阜県土岐市
パブリック コレクション Public Collection
Cloud Forest Collective, 台北(台湾)
Mizuta Museum, Jousai University 水田美術館城西大学東京(日本)
Cluj Contemporary Art Museum クルイナポカ(ルーマニア)
Musée Magnelli,Musée de la Céramique ヴァロリス(フランス)
The Shigaraki Prefectural Museum of Contemporary Art 信楽(日本)
European Ceramik Work Centre セルトゲンボシュ(オランダ)
Kecskemet International Ceramic Studio ケチケメート(ハンガリー)
Janus Pannonius Museum ペーチ(ハンガリー)